2009年3月25日水曜日

変わった名前

変わった名前編

コンゴ民主キンシャサ
私をいろいろ案内してくれたTにはコンゴ人でありながら中国語の名前の女友達がいるそうだ。両親がその発音が綺麗だと気に入ってつけたのだそうだ。なんという名前なのか聞いて見ると、「Sayonara」・・・おいおい、それは日本語じゃないか。意味も考えて名づけて欲しい。

ソロモン諸島ホニアラ
ソロモンのタクシードライバーは皆陽気で英語が話せるので、世間話が弾む。また会おう、と言って教えてくれた彼の名前は「デンマーク」。お父さんの友達にデンマーク人がいたらしい・・・。

南アケープタウン
彼の苗字は「April」。アパルトヘイト全盛期に白人の父と黒人の母との間に生まれた彼。白人の父の苗字での出生届出を役所が受け付けなかったという。そこで誕生月が4月の彼の苗字がAprilになったのだ。混血児の苗字としては誕生月の名前が良く用いられたらしい。

ナウル
私がオープンしたばかりの政府観光局を尋ねたのは、所長の第6子が誕生した直後だった。観光局初訪問の外国人ということで、私の苗字を子供の名前につけることになった。冗談で済んだのか、実際に届け出てしまったのかは分からない。

コンゴ民主キサンガニ
ボートで知り合った格闘技マスターの男。私を相手に実演してくるが、男の体の動きが速すぎて手も足も出ない。こんな奴に襲われたら一瞬で殺されるだろう。この男の名前を聞くと「Dieu-Mercy」(神様ありがとう・神の慈悲?)。なんとも似つかわしくない。

ニジェール ニアメ
バスターミナルで会ったガンビア出身の青年の名は「Happy」。仏語圏ニジェールで英語を話してくれる彼の存在はありがたかった。ガンビアでは仕事が見つからないからニジェールに来たというが、ニジェールは世界最貧国の一つ。

コンゴ民主キサンガニ
リサラ(独裁者モブツの出身地域)出身のなぞの商人。武器でもウランでもなんでも入手できるから取引相手の日本企業を紹介してくれとうるさい。目つきが鋭く腹黒そうな彼の名前を聞いて笑うしかなかった。名前は「Innocent」(イノサン、純朴)

ジンバブエ ハラレ
バスが止まったドライブインの軽食屋のキッチンでモシ(キャッサバを蒸して捏ねたもの)を作っていた女性。笑顔が素敵な彼女の名前は、「Pretty」。若いうちはいいけど、50,60歳になってその名前は・・・

イラン テヘラン
日本語で声をかけてくれたイラン人。40歳過ぎの腹の突き出た髭親父なのに、瞳は子供のようにきらきら、天使のような笑顔。私の荷物を担いで目的地まで案内してくれた。富山で出稼ぎしていたこのおじさんの名前は「浜さん」。多分本名はアハマドで、富山の人には覚えにくかったのだろう。

パキスタン クウェッタ
アフガン難民の少年の名は、「ヤセル・アラファト」だった。対イスラエル闘争のPLOリーダーの名前は、対ロシア闘争に明け暮れるアフガニスタンで人気があったのかもしれない。2001年以降は「ビンラディン」が人気になっているかも。

インド xx市
同級生だったインド人A君。苗字はインド人には多い「Kumar」。ところが、彼が言うに、本当の苗字は違うのだという。パスポートを受け取ったら役所の手違いでこの名前になったのだという。以来公式書類には「Kumar」と書かなければいけなくなったA君、一人だけ家族と違う苗字になってしまった。IncredibleIndiaである。

ガーナ アクラ
道案内してくれた少年の名前は「コフィ」。その友達の名前も「コフィ」。ガーナ出身の国連事務総長「コフィ・アナン」にあやかってブームになったのだろう、と一瞬思った。しかしよく考えると、その子達が生まれた頃にはアナンはまだ事務総長ではなかったはず。おかしいな。あとで知ったところでは、ガーナでは生まれた曜日で名前が決まる(但し民族にもよる)。コフィは金曜日生まれの男の名前だ。

インドネシア バリ
バリのインターネットカフェ。フルーツ生ジュースを注文できるお気に入りのインターネットカフェ。顔なじみになったマネージャーの名前は「ワヤン」。バリにはやたらとこの名前が多いね、というと教えてくれた。ワヤンは長男につける名前で、日本風に言えば「太郎」。次郎・三郎・・・にあたる名前もあるそうだ。面白いのは、6男になると再び「ワヤン」に戻るそうだ。兄弟が6人以上の家族では同じ名前の子供がいることになる。

ほかにもたくさんありましたが、思い出したときに随時追加します。

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