2009年4月4日土曜日

アメリカ アラバマの呪文「ワッカナジン」

ファーストフードのエピソードを一つ追加します。ファーストフード店でパニックに陥ったのは後にも先にもこの件だけです。

朝7時にニューオリンズを出発したGreyHoundグレイハウンドのバスは、ナッシュビルを目指してルイジアナーミシシッピーアラバマーテネシー各州を通過していきます。いわゆるディープサウスの一帯です。黒人が多く保守的な地域と言われています。一部黒人の間ではアフリカ起源の精霊信仰であるブードゥー教が広まっていると聞いています。

グレイハウンドに乗るのは初めてでしたが、随分と頑丈な作り。しかも、縦横ともに大柄な黒人ドライバーは、ピストルを身に着けていました。ブラジルみたいにバスジャックが多いのでしょうか。

大きな窓から見えるのは、背の低い木々の緑。アメリカ北部・中西部・西海岸いずれでも見たことのない風景が続きます。バスの中は冷房で寒く感じましたが(アメリカの夏は冷房のせいで寒いのです。)、その点を除けば快適で順調なバスの旅でした。 

バスは、アラバマ州の町でランチ休憩に入りました。私はバスを降りて、バスディーポ(小さなバスターミナル)のファーストフードのカウンターまでやってきました。カウンターの上には、メニューが掲示されています。Combo C(Cセット)はおいしそうなのですが、ComboB(Bセット)との違いがよくわかりません。

カウンターの向かいには黒人女性の従業員がいますが、彼女は私に挨拶もせず下を向いて何か書いています。私がカウンターの前にいるのに、反応なし。やる気がないのでしょうか。それとも、レジ担当ではないから私を無視しているのでしょうか。他には人がいないので、一応彼女に、CセットとBセットの違いを聞いてみることにしました。

㎞:すみません。あのー、Cセットって・・・Amm...Excuse me, Is ComboC・・・

と言いかけたところで、彼女は顔を上げ、私の言葉を思い切り遮りながら、ぶっきらぼうにこう言い放ちました。

女:ワッカナジン!!
km:???

意味不明の奇妙な言葉をぶつけられ、私は、ひるみました。「ワッカナジン」は明らかに英語ではありません。

彼女の敵対的な表情と語気の強さからすると、「私に近寄るな」といったブードゥーの呪文のようにすら受け取れます。しかし、さすがにそれはないでしょう。ここはファーストフードで、私はお客様なのですから。

私は思いました。ファーストフードで客を前にして注文前に店員が口にするとしたら「いらっしゃいませ Hello」に違いないと。しかし、どういうわけか彼女は英語を使っていないのです。

これは、ひょっとして、彼女は私がネイティブアメリカンだと思って、彼女が知っているネイティブアメリカンの言葉である「ワッカナジン=こんにちわ」を使って挨拶してくれているのでしょうか。ディープサウスの小さな町であれば、私をネイティブアメリカンと思ってしまう可能性はあるかもしれない・・・。

私は一応聞き返してみました。
㎞:ワッカナジン?

すると彼女は間髪入れずに、同じ言葉を語気を強めて繰り返すのです。
女:ワッカナジン!!!!!
㎞:???????

もう、さっぱり意味がわかりません・・・。彼女は憎々しいようにそのブードゥーの呪文を吐き出すだけ・・・まるで目の前にいる私という邪悪な精を追い払うかのように。やはり「私に近づくな」というメッセージでしょうか。

㎞:ワッカナジン・・・・・・

彼女はそれ以上の言葉を発せず、実力行使には出て来ることもなく、沈黙の時間が流れています。

私はすっかりパニックに陥っています。「俺、ネイティブアメリカンじゃないし、邪悪な存在じゃないよ。頼むから英語話してよ・・・」

薄気味悪いので立ち去ろうとしたそのとき、私の後ろの中年の男性客が私に話しかけてきました。
男:君、何飲みたいの? What are you gonna drink?

こんなタイミングで、なぜ他の客にそんなこと聞かれるのか分かりませんが、助け船を出してくれているのでしょうか。

㎞:ああ、スプライトです。Oh, I want sprite.

すると女は、なぜかスプライトの注文をとってくれたようで、レジを叩いて代金を請求しました。

「え、まだ食べ物頼んでいないのに。ジュースしか注文とってないよ。」と思いましたが、私は彼女とのやりとりに疲れてしまったので、飲み物だけで済ませることにしました。

ところが、10ドル渡して返ってきた釣りを数えてみると、飲み物にしてはずいぶん高いようです。急いで彼女に確認しようと思いましたが、彼女は中年男の注文を取り始めていて話す機会がありません。

すると今度は、裏方の従業員が、私に対して、トレーを差し出します。ジュースだけでなく、バーガーとポテトものったトレイを。もう、なんだかさっぱりわかりません。私の頭の中はごちゃごちゃです。

トレイをテーブルに運びながら、やっと私はすべての事情が呑み込めてきました。

1)ワッカナジンはブードゥーの呪文でもネイティブアメリカンの言葉でもなく英語である。
2)アラバマ訛りがきついのと、省略を用いているので分かりにくい。
つまり、彼女が口にしたのは、
飲み物何(欲しいですか?)What kind of drink (do you want?)
ホワット・カインド・オブ・ドリンク(do you wantを省略)→ホワッカナ・デュインク→ワッカナジン
3)アメリカのファーストフードでは、「いらっしゃいませ」も「笑顔」もないのが普通。
4)下を向いてはいたが、私の話は聞いていて、私がセットCを注文したと受け止めた。
5)人の話を遮って話すことは、アメリカでは良くあること。

アラバマ訛りの問題はともかくとして、ファーストフードの客への対応としてもうちょっと何とかならないのでしょうか。笑顔が作れなくても、「Hi」とか言えなくても、客が来たら顔をあげて目を見るのが客に対する最低限のマナーではないでしょうか。それに、外国人と思われる客が質問の意味を理解しないと気づいたら、ドリンクメニューを指差すとか、「コーラとか、コーヒーとか、Coke, Cofee?」と誘導してくれてもいいでしょう。

態度もぶっきらぼうすぎます。Cセットの注文を受けたと認識したのなら「Cセットですね」と確認してほしい。飲み物を聞くときは、「お飲み物は何になさいますか。What would you like to drink?」というべきでしょう。お釣りを渡す時も「Thank you」とか一言言えないもんでしょうか。それなのに接客中に彼女が発した言葉は「ワッカナジン」(飲み物何よ?)が2回だけなのです。客の私は恐縮しきりでした。接客のマナーなんてどうでもよいことなのでしょうか。

私の聴解力・コミュニケーション能力の問題と言ってしまえばそれまでですが、アメリカ式ファーストフードの作法とアラバマ英語の洗礼を同時に受けたランチ休憩になりました。


なお、私側の誤解・パニックの背景には、映画エンゼル・ハートの影響があったことを付記しておきます。エンゼル・ハートは、ミッキーローク主演のサスペンス映画で、ディープサウスの黒人のブードゥー信仰に触れられています。ちょっと怖いですが、ぜひ見てください。

*南部の黒人のメンタリティーに見られる人種差別の陰
ジャズの名曲「奇妙な果実StrangeFruit」をご存知の方は多いと思いますが、その歌の背景までご存知の方は多くないかもしれません。これは、リンチ殺人にあった黒人の死体が木から吊るされ放置されている様子がまるで果実のようだという悲しい歌です。

工業化の進んでいた北部に比べ、農業が主たる産業だった南部。人種差別的な煽りではなく、事実だけ指摘すると、農場経営に不可欠だった奴隷の子孫が今も南部で多数を占めている黒人です。
リンカーンの奴隷解放宣言(1862年)・南北戦争終結(1865年)後も、黒人差別・迫害は無くならず、南部では「奇妙な果実」に歌われるような現実が20世紀になっても頻発していたそうです。

黒人の地位や人権は、20世紀後半の公民権運動を通じて少しずつ改善されていったように見えましたが、現在でも黒人の多くは貧困層に属し、2級市民的な存在である とすら言えます。2005年8月にはハリケーン・カトリーナがニューオリンズを襲い、多くの住民が被災しましたが、その大半が黒人だったところは記憶に新しいところです。

南部の黒人の間では、「白人のご主人さまに奉仕する」という事・そのように受け止められかねない仕事に従事することへの精神的な抵抗感が強いと聞いたことがあります。今振り返って、あの時(1999)の深南部アラバマのファーストフードの件を思うと、あの黒人女性のぶっきらぼうな接客態度の裏には、「笑顔振りまいてご主人様にサーブ(奉仕)するような接客なんて私はできない」というメンタリティーがあったのかもしれません。
(2009.4.5追記)

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