2010年2月8日月曜日

Africa (Jan. 2010)

Now I am traveling in Africa.

* Footsteps:

1/20 ---HKG- @plane
1/21 JNB(SOUTH AFRICA) @Ghandi BP
1/22 JNB @Ghandi BP
1/23 JNB @Ghandi BP
1/24 Kinshasa(CONGO DR) @Creche
1/25 Kinshasa @Creche
1/26 Matadi @MAB Michelle
1/27 Matadi @Petit Jardin
1/28 Boma @Sasi
1/29 Muanda @Formossa
1/30 Milange(ANGOLA) @private house
2/1 Milange @private house
2/2 Huambo @Tourismo
2/3 Lubango @bus
2/4 Oshikango(NAMIBIA) @private house
2/5 Opuwo @Abba GH
2/6 CapeTown(SOUTH AFRICA) @BlueMountainBP
2/7 CapeTown @BlueMountainBP

* Border Crossing
CongoDR(Muanda)- Angola (Kabinda)
Angola(S.Clara)- Namibia (Oshikango)
Namibia( )- S.Africa

2010年1月3日日曜日

ブログ引っ越し

諸事情により連絡してませんでしたが、ブログ引っ越しました

2009年8月26日水曜日

ケニア国ナイロビより

8/20 Arba MInch
8/21 Omorate
8/22 Kenian Border (Police Station)
Enter KENYA

8/23 小さな田舎町(後日補完)
8/24 Lodowar
8/25 Nairobi
8/26 Cairo, EGYPT?

2009年8月20日木曜日

From Addis Ababa, ETHIOPIA

8/9su Bamako
8/10m Bamako
8/11t Bamako
8/12w Kouri
8/13th Ouagadougou
Enter BURKINA FASO
8/14f Kumasi
Enter GHANA
8/15s Accra
8/16su Lagos
Enter TOGO, BENIN, and NIGERIA
8/17m Abuja
8/18t Addis Ababa
Fly to ETHIOPIA
8/19w Addis Ababa
8/20th Arba Minch?

2009年8月9日日曜日

マリ国バマコより

8/3m Nema行きバス内 宿泊
朝8じ出発予定が13時頃発。1100kmの旅。修理・祈り休憩・検問など、とにかく停車が多い。

8/4t Oualata
案の定バスは4遅れて、朝6時に。。。(町の名前失念)に到着
。。。。から4wdタクシーで、Koumbi Saleh遺跡
。。。からNemaまで乗り合いタクシー
午後3時頃、Nemaから乗り合い4WDでOualataワラッタへ。
05年モーリタニア訪問時に行ったShingettiシンゲッティ同様、サハラの交易都市として栄えたワラッタ。今は過疎が進み、人口は1000人を切ったという。サハラの砂に飲み込まれつつある町は、観光客は12-2月をのぞけば皆無に近い。30等近くのラクダを有する、隊商と思われる一団が、井戸から水をくみ上げドラム缶に注ぎ出発の準備をしていた。みやげ物屋もなく、ガイドの売り込みもない。夏休みでこの町に帰省しているという学校の先生(老人)が、無料で町を案内してくれた。Nema行きの4WD(朝7時のみ)以外は車もなく、砂と風と静寂だけ。夜は屋上でマットレスを敷いて眠る。レストランはもちろん、ミネラルウォーターやソフトドリンクやクッキーを売っているような店もない。2日間で町の隅々まで回ったつもりだが、英語を話せる人にひとりも出会わなかった。
世界遺産に登録されていることは町を離れてから知りました。

8/5w Oualata



8/6th 国際バス内宿泊
Oualata→Nema→Aiun ・・・国境越え・・・
Namaから一番近いマリ国境(Nara経由)は、雨季のため道がひどく、時間がかかるらしい。地元の人に400kmくらいヌアクショットよりのAiunまで戻る事を進められる。大回りになった。

8/7f Bamako(Auberge Lafia)
Maliマリ入国
マリ訪問は98年、2006年に続き、3度目。
日本人旅行者に会って話したのも、中華料理にありつけたのも、カイロ以来。

8/8s Bamako

エリトリアからマリまでのビザは、すべて日本で調達していきました。短期(といっても今回は2ヶ月間ですが)旅行で、現地でビザを取ろうにすると、ビザ待ちだけの首都滞在で終わりかねないからです。ですが、ニジェールから先はビザを用意していないので、ビザ申請のためにバマコ滞在が長引くかもしれません。本当はすぐに地方に行きたいのですが。

2009年8月2日日曜日

モーリタニア国、ヌアクショットより

モーリタニアのヌアクショットからです。2005年以来の再訪です。
ネットショップ内で、Wifiが使えています。私のラップトップ(Sony TypeP)は、ADSL等のケーブル端子がなく、無線(Wifi)専用なので、アフリカでは使い勝手が悪いのですが、ヌアクショットは意外と発展していますね。

8/1s Nouakchott, MAURITANIA (Auberge Menata)
8/2su Nouakchott 同

明日はバスで南部の町Nema周辺まで移動予定

2009年8月1日土曜日

某国

7/25s-7/31 某国(日本未承認政府支配下)

2009年7月25日土曜日

From Alger, ALGERIA

7/19su Tebessa, ALGERIA
7/20m Constantine, ALGERIA slept in the bus
7/21t Ghardaia, ALGERIA hotel Taleb
7/22w Alger, ALGERIA hotel Sofiane
7/23th Oran, ALGERIA hotel
7/24f Alger, ALGERIA hotel Britanique

2009年7月19日日曜日

チュニジア トズール より

7/13m Sebha, LIBYA (hotel Fezaan)
7/14t Takarakiba, LIBYA (camping Takarakiba)
7/15w Tripoli, LIBYA (Beach Hotel)
7/16th Houmt Souq, TUNISIA (Hotel Essalam)
7/17f Gafsa, TUNISIA (Hotel Tunis)
7/18s Tozeur, TUNISIA (Hotel Karim)
7/19su ALGERIA?

2009年7月13日月曜日

From Benghazi,

7/12su @Benghazi
7/13m @Sebha?

エジプトから陸路国境を越えてリビアのベンガジまでやってきました。リビアの観光ビザ取得は、今年6月以降の規制強化で、1)旅行代理店を介さないとビザが下りない、2)国境・空港でビザを受領できる従来の扱いは廃止。そのため、リビア国内は、ガイドつきですが、自由行動もかなりさせてもらえます。今日も、ガイドにホテルに迎えに来るのは午後4時でよいから、といって、魚市場・造船所・などを回ってきました。

市場には、リビア人はもちろん多いですが、人懐っこいエジプト人・スーダン人がたくさんいてとても楽しいです。チャド人その他アフリカ諸国やシリア人・アルジェリア人・チュニジア人などにも会いました。
ホテルでは、インド人・ドイツ人なども見かけますが、ハネムーンのリビア人カップルも結構います。

インターネットは街中で見かけませんでしたが、アラビア語表記しかなく英語表記がないのがほとんどなので見逃している可能性はあります。
今は、宿泊ホテルのそばにある高級ホテルAlNoranのカフェで、ワイヤレスをキャッチしてネットにアクセスしています。
では。

2009年7月12日日曜日

From Cairo, Egypt

7/9th Aswan, Maruwa Hotel
7/10f Cairo, Ismailia Hotel
7/11s on the move by bus

2009年7月7日火曜日

From Wadi Halfa/ Sudan

7/9th Aswan?
7/8w on the ferry, in shah allah
7/7t Stay @ Wadi Halfa
7/6m Visited Kerma, stay @Wadi Halfa
7/5su @ Abri
7/4s @Karima
7/3f @Atbara
7/2th @BurSudan

2009年7月2日木曜日

スーダン ポートスーダンより

*エリトリア
2005年に続く訪問。
外国人に対するさまざまな規制が強化されていて、鎖国化を強めていた。ジブチとの国境紛争の影響と思われる。

・地方旅行許可が取れない。
陸路でスーダンへ入国予定だったが、これで断念。
2005年の時は、マッサワ・ケレンなど比較的アスマラから近い都市には、無許可で行けたが、バレンツ・アッサブなどの地方旅行には許可が必要とされていた。今ではマッサワやカレンにも許可が必要で、アッサブやバレンツには許可が下りないようになっている。そして、それら都市以外は

・外貨規制が強化
出国時、60ドルほど計算が合わなくて、3人がかりで身の回りを調べ上げられた。
所持金を細かく数え上げられたのは、アルジェリア・ベネズエラ等でもあったことだが、これほどまでに執拗なのは初めて。 賄賂目的ではなく純粋に国家のために奉仕しているという感じ(闇両替や闇物品販売を規制することで経済統制を図る)。

・Karen
ケレン 西部Lowlandに向かう途中にある町。イスラム教徒が多く、スーダンを感じる。パミットをとるのに2日かかり、ラクダ市を見逃したが、それでもラクダ売りは何人もいた。

* スーダン
ポートスーダン(Bur Sudan)
スーダンには、2003、2006、2007にも来ているが、北部はほとんど見ていない。今回はWadiHalfaまでオアシス都市を回りながら北上予定。紅海沿いの港町、ポートスーダンは、これまでずっときたかったところ。古いビルを改装したできたばかりの安宿イスカンダレーヤ(アレキサンドリアの意味)では、近所のビルのワイヤレス信号がキャッチできる。

2009年6月27日土曜日

エジプト

今日この後カイロへ飛びます。MS(エジプト航空)で。
NRT-CAI往復90日間FIX・OPENで15.5万。

MS. なんと、去年からスターアライアンスに加盟していました。アエロフロートがスカイチームに加盟したときよりもインパクトあるのではないでしょうか。アライアンス全体のイメージ低下のリスクをあえて引き受けるだけのメリットをアライアンスやその顧客が享受することはできるのでしょうか。

アライアンスに加盟しても、相変わらず、オンライン予約はできないし、クレジットカードを使うには、赤坂のオフィスまで足を運ばなければいけないので不便。赤坂のオフィスは、呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。誰もいないのかと思いきや、再度鳴らしたら出てきたけど。オフィスで買った人には特典で、エジプト航空の帽子・財布・キーホルダー等粗品セットがもらえます。そんなのいらないからオンラインかFAX上のサインで買えるようにしてほしい。

目的地はカイロから先なのですが、先の飛行機がどうしても取れない。ノーマルのビジネスクラスまで、先一週間満席だということ。何が起きている?

エジプト

今日この後カイロへ飛びます。

目的地はそこから先なのですが、先の飛行機がどうしても取れない。ノーマルのビジネスクラスまで、先一週間満席だということ。何が起きている?

2009年6月15日月曜日

旅情報サイト リンク

随時追加

・ ローコスト航空会社

・ 世界の大使館(海外で)

・ アマデウス

・ 英辞郎

・ グーグル翻訳

アルジェリア ビザ

アルジェリア大使館のHP,なぜか検索しても出てきませんが、最近できました。
申請用紙もダウンロードできて便利。

2009年6月9日火曜日

ペナン島 タイ・マレーシア国境越え

週末旅行から戻りました。

概要
3泊4日 週末旅行(金夜ー月朝) ペナン島と タイ・マレーシア国境越え

一言
主たる目的地であったペナン島は、もう少し活気のあるところが好きな私にはやや物足りなかったが、週末のんびりするにはいい所だろう。先進国からリタイヤしてここに移住する人も増えているようだ。直接マレーシア北部に飛ばず、タイ南部から陸路国境を往復したのは、軽率だったかもしれない。ここしばらくタイ南部で大きなテロのニュースは聞かなかったが、決して安全になったというわけではなく、現に6/9には私が今回行ったナラシワット県でテロが発生し10名以上が亡くなっている。

ルート 
タイ NRT-BKK-NAW (Narathiwat) 空路
NAW-KBR タイ(SungaiKolok)・マレーシア東国境経由 陸路
マレーシア KotaBharuコタバル(KBR)-Penangペナン(PEN) KUL経由空路
PEN-HDY マレーシア西・タイ国境経由 陸路
タイ HDY-BKK-NRT 空路
Penang Jun09

訪問地
1 BKK 乗継 宿泊のみ
2 Narathiwat ナラシワット
3 KotaBharu コタバル
4 KUL 乗継 宿泊のみ
5 Penang ペナン
6 HatYai ハジャイ

宿泊地 
BKK, KUL, 機内 一泊ずつ 

1 BKK
スワナンンプーム空港 高速鉄道が町中まで開通するのが8月ということだが、開通後はかなり使い勝手が良い空港になりそうだ。
タクシードライバーによるとBKKのイスラム地区ということで、朝空港に行くまでに高速道路からいくつものモスクが見えた。仏教徒が圧倒的に多く僧役まであるタイ=仏教国のイメージが強いので意外だった。

2 Narathiwat ナラシワット
* 人々
タイの最南県。空港ロビーはムスリム装束の人たちでいっぱい。 全身黒装束で目だけ出している女性が一人いたが、そこまで極端な人はほとんど見なかった。
20世紀初頭にタイに併合される前はマレーシア領だったため、人々はマレー語の一種Yawi語を話す。http://www.tourismthailand.org/destination-guide/narathiwat-96-1-1.html もっとも、移住者が多いせいか、タイ語も良く聞こえてきた。川沿い、町随一の高級レストランでは、料理2品とチャーハンでわずか200B(700円)。モスクからアザーン(お祈りの呼びかけ)が聞こえてきた。

* 鳥の鳴き声コンテスト
英語を話す空港のInfoの女の子に通訳してもらい、ミニバンの運転手に漁村で下ろしてもらうように頼む。静かな漁村を想起していたのに、何かのイベントが行われているようですごい人だかり。たくさんの男達が取り囲むグラウンドの中には、無数の鳥かごが吊り下げられていた。観客は籠の中の鳥に向かって、何かけしかけている。笛の音が鳴り響くと審判員がペンを持ってチェックを入れていく。賭け事かと思ったが、鳥の鳴き声コンテストだということ。テントの中には、賞品と思われる冷蔵庫や扇風機がたくさん。帰国後NET検索したら、Narathiwat特有のイベントではなく、タイ全土で見られるようだ。http://iyasaaca.exblog.jp/tags/%E9%B3%A5%E3%81%AE%E9%B3%B4%E3%81%8D%E5%A3%B0%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88/ 周辺には屋台も出ていたが客はおらず。きっと盛り上がるのはコンテストが終了した夕方以降なのだろう。コンテストの最中ということもあり、町まで行く交通手段がなく、警察官に相談すると、その辺にいたバイクの青年に言って送ってくれるよう頼んでくれた。タイ語が全く話せない私。青年にはTownという英語すら通じなかったが、Kota(マレー語)が通じた。 

* タイ南東部の治安
通りすがっただけとはいえ、危険な目にはあわなかったし、危険そうな感じも全くなかった。ナラシワットはのんびりした田舎町。空港には軍人・警官がいたし、町までに検問は4度あったが、声をかけられることも停車を命じられることもなかった。タイ南部のテロは、イスラム教・仏教の対立という側面がクローズアップされがちだが、仏教徒も普通に暮らしているように見えた。幸い外国人を狙った誘拐・殺害事件はあまり聞かない。
ナラシワット県で起きたという今日のテロのニュースも怪しい。イスラム教徒過激派のせいだと政府報道官は言うが、彼らがモスクを攻撃して同胞であるイスラム教徒を殺害するというのは非論理的。仮に本当にイスラム教徒のテロだとしたら、政府機関・警察官・仏教寺院・イベント会場等を狙うはず。何かがおかしい。誰かが作為的に治安をかく乱させている?タイ南部の渡航はしばらく回避するのが無難だろうが、私が見た素朴な町と報道の落差に釈然としないものが残った。

【6月9日 AFP】イスラム教徒が多いタイ南部ナラーティワート(Narathiwat)県Cho-i-Rong地区のモスクで8日、武装勢力と思われる男たちが銃を乱射し、11人が死亡した。 このほかに12人が負傷した。匿名の地元警察関係者は犯人は5人ほどでモスクの裏口から侵入し、約50人の信者を無差別に銃撃したという。一方、タイ陸軍の報道官は、犯人は2人で、それぞれモスクの正面入口と裏口から侵入したと話している。 タイ当局は同国南部で発生する襲撃事件のほとんどが独立を求めるイスラム教分離主義者の犯行だとしている。(c)AFPhttp://www.afpbb.com/article/war-unrest/2609984/4245779

* タイ-マレーシア東 国境越え
タイ最南部、ナラシワット県。タイ→タイ語→仏教徒、マレーシア→マレー語→イスラム教徒、の図式はここでは成り立たない。20世紀初頭にタイに併合される前はこのあたりはマレーシア領だったため、人々はマレー語の一種Yawi語を話す。人口の90%以上はムスリムのこのあたりでは、女性はスカーフを被り足や腕を覆った服を着て、男性は腰巻をまといムスリム帽子を被っている比率が高い。

今回の週末旅行、国境越えはナラシワットの町から始まる。

マレーシア行きのバスはどこだろうか。立ち寄った商店のおばさんは英語を解しなかったが、奥から出てきた青年(中国系)は上手な英語を話した。マレーシア国境へは病院の裏にあるバスターミナルからSungaiKolok行きのバスに乗れという。

青年は道脇に立ち、バイクタクシーを捕まえてくれようとするが、昼時だからかなかなか通らない。するとタイミングよく出てきた隣の店のおじさんがバイクを持っているようで、青年がおじさんに私をバスターミナルまで送ってくれるよう頼んでくれた。

おじさんのバイクの後ろに乗って7-8分。到着したターミナルには、大きなバスが2台とミニバンが数台とまっていた。それぞれのミニバンの前には机が置いてあり、切符売りがゆるい感じで座っている。SungaiKolok行きのチケットを売っているおやじは、タイ人とは思えないほど濃い顔をしている。国境を感じる。

km:(国境までのバス運賃は)ハウマッチ?

おやじ:ワン・ツー・スリー・・・・

km:????

おやじ:(苦笑して)ガハハハ・・・ 

スリー以上の数字を表す英語は忘れてしまったようだ。
バイクのおじさんが後ろから助け舟を出すように、私のペンを手に取ると、自らの手のひらに書いて私に示した。「70」
70バーツ、230円だ。

バイクで送ってくれたおじさんに対して、ムスリムがよくやるスタイルで右手を自分の胸に当ててお礼をすると、おじさんはあわてたように手を横に振った。ムスリムではなくて仏教徒だという。

吊り下げられた籠に入った鳥や、コーラ瓶の蓋を持ち駒にしてゲームに興じる人を眺めていると、団子鼻の典型的タイ人顔のドライバーが、出発するぞ、と呼びに来た。12人くらい乗れるトヨタのバンには、私のほかには、おばさんが一人しか乗っていない。これは赤字路線か?

出発、と思いきや、バンは町の中をぐるぐる回って町を出ようとしない。クラクションを「プ」と鳴らして合図すると、家の中から乗客が出てきて、バンに乗り込む。事前に連絡している乗客の家までピックアップしに回るのだ。ラオスなんかでも同じシステムだった。運転手とはみんな顔見知りなのだろうか、和やかな雰囲気。乗客が8人になったところで今度こそ出発だ。

90年代のカンボジアやラオスみたいに赤土の未舗装の道がどこまでも続いているかな、だといいな、とひそかに期待していたのだが、予想に反して国境へ続く舗装は完璧だった。検問は何箇所かあったが、IDを提示したり検査されたりということはなかった。

心地よい揺れに誘われうとうとする私。するとまもなくバンは国境に到着。拍子抜けするほどズムーズであっけない。客ピックアップのため回っていた時間を除けば約1時間の旅だった。

両替所のようなカウンターで出国手続きをする。PCに接続されたWebカメラを見ろといわれて膝を曲げて小さな窓口を覗き込む。テロリスト対策だろうか、外国人出入国者の写真を撮影するのだ。2分で完了。

タイのイミグレ職員に別れを告げて、マレー側のイミグレへ一人徒歩で向かう。国境にはコンクリートの橋がかかり、左手には川と列車のレールが見える。

橋の上は緩衝地帯。タイ・マレーシアどちらの役人・軍人・警官もいない。そんな橋の中間線、つまりタイ・マレーシアの丁度中間にいたのは、上半身裸の乞食が一人。こんな風景は、今まで越えてきた200近い国境で一度も見たことがない。

乞食を見たら条件反射的に足早に通り過ぎようとする私に対して、男は満面の笑顔でプラスチックのコップを差し出してきた。とたん、無事国境越えし新しい国へ向かう私は、なんだかとても晴れやかな気持ちになる。気持ちの良い笑顔につられて、ケチな私でも、小銭をあげてもいいかなという気になるのだ。乞食の思う壺だ。悲壮感を漂わせたり、しつこく要求するのではなく、笑顔でおねだり、というのはいい作戦かもしれない。

考えて見ると、タイからマレーシアに渡る人は余ったタイバーツを、逆方向の人は余ったマレーリンギットを持っていて、処分してもいいと思っているだろうから、乞食にとってはかなりおいしい場所(ベストポジション)。でも、ベストポジションなら乞食がたくさん並んでいてもよいはずなのに、この人が一人でベストポジションを独占しているのは、何か裏でもあるのだろうか。

仮説:
1)本来乞食が入ってきてはいけない場所なのだが、この人は、タイ・マレーシア両方の役人に、賄賂を払って場所を特別に確保しているとか。(癒着説)
2)それとも日替わり・時間決めで違う乞食が座っているのだろうか。同時に5人で並んで競争していたら一人当たりの喜捨受取額は5分の1になってしまうかもしれないから、毎日または時間ごとに交代しながら一人に座らせておく方が効率的だろう。(ワークシェアリング説)
3)それとも、ずらりとならんだ乞食が両国のイメージを損ねるから全員排除したかった当局と、既得権益を守りたい乞食組合のぎりぎりの折衝の結果、毎日一人だけ座るという妥協案が成立したのだろうか。(妥協説)
真相は不明だが、いずれにしても興味深いところ。

マレーシア側のイミグレはしっかりした建物の中。午後だからか、入国しようとしている人は私一人で、並んでいる人はいない。入国カードを記入して、ブースの中のスカーフを被った女性係員に渡す。係員は、食事中だったにもかかわらず、発泡スチロールの弁当を押しのけて、私のパスポートとカードを受け取ると、直ちにPCに入力してくれた。テリマカシ(ありがとう)。

イミグレを抜けると、屋根のある歩道のベンチの上に胡坐をかいた青年が一人声をかけてきた。タクシーの手配師か。

青年:マウク・マナ?(どこいくんだ?)
km:マウク・コタバル。バス、マナ?(コタバルだよ。バスはどこ?)
青年:まっすぐだ。
あれ、タクシーの手配師にしては商売っ気がないな。単に親切な人だったのか。
急いでいるのでこちらから聞いてみる。
km:タクシー、プラバ ハルガニャ? タクシーはいくら?
青年:40リンギット

え?50kmくらいあるのに、1200円足らず。さすが産油国マレーシア。物価安のタイと比べて破格だ。だったらバスはやめてタクシーで行こう。
でもマレーシア・リンギットは手元にないし、両替商も見当たらない。タイバーツで良いか聞くと、400Bでよいことになった。

国境越えて視覚的に激変するのが文字。読めないタイ文字とちがって、アルファベット表記のマレー語の看板はそれだけで安心。

おんぼろタクシーのおじいちゃん運転手は英語片言。左側を指して「マスジット(モスク)だ」という。カラフルな瓦屋根は中国風。新築したばかりなのだろう。村自慢のモスクのようだ。他には何もないような辺鄙な国境の村に、不似合いな立派な建物。一点豪華主義という言葉が頭に浮かんだ。

50kmの距離であれば、一時間もあればつくだろう。ほっと一息ついて、時計を一時間進めマレー時間に合わせた。その後大渋滞にはまるとは、このとき予想せず・・・・続。 

3 KotaBharu コタバル
* 太平洋戦争 ここにはじまる
太平洋戦争最初の攻撃地となったこの地。ぜひ戦争博物館や戦跡を見たいと思ったが、町についた頃はすでに博物館等は終わっていた。
そもそもなぜ、コタバルを攻撃したのだろう。Wikiによると「大東亜戦争開戦時における日本軍の戦略目標はオランダ領東インド(現インドネシア)の資源地帯の占領であったが、そこに至るには手前に立ちはだかるシンガポールを攻略する必要があった。」ということ。

4 KL
・LCCTターミナルは遠い
AirAsiaを初め格安航空はKL国際空港のLCCターミナルから離発着する。ところがこれがメインターミナルから遠いのだ。シャトルバスはなかなか来なくて、タクシーで移動すると49RM(1500円)。Sentalまで直通のバスは8RM、1時間。
・Sentral駅は近未来的なのに、すぐそばのインド人街は深夜まで喧騒に満ち溢れる。この町が好きだ。

5 Penang ペナン
ガイドブックにあったレンタル自転車店がなくなってた。トライショーで回る。ベトナムのシクロ同様、乗客が前、自転車こぎは後ろ。造花とカラフルな日傘が付く。1h30RM 3時間半で90RM 今年80歳だという中国系のおじいちゃんがこぐスローなトライショー。後ろから車のクラクション鳴らされてもマイペース。怖いのは、車の流れに逆らって進んでいくとき。満面の笑顔と片言の英語で寺の中まで付いてきて一つ一つ案内してくれる。例えば、タイ寺では12支それぞれの仏様が置かれているのだが、「Cow」だとか「Snake」だとか指差しながらぐるっと回ってくれるのだ。きっと何十年もこれを繰り返しているのだろうか。
シンガポールが自由貿易港として開かれるまでの一時期、西方と東南アジアの交易中心地にもなったペナン。私は英領になってからクーリー苦力としてやってきた中国人が原住民の祖先なのかと思っていた。ところが、孔子廟の1Fにあった博物館の展示を見ると、Teochu潮州人の入植は16世紀から始まっていたようだ。中国人の殖民の歴史はずいぶん長いのだ。中国人が出身地ごとに会館を作っているのはマレーシア・インドネシアの町どこでも見られるが、この島では聞いたこともない地域が独自に会館を立てて維持しているのが驚き。・・・
ひなびた木造建築の背後に見えるコムタという高層ビルが印象的。ミャンマー寺・タイ寺・中国寺各種・ヒンズー寺院・モスク各種・多民族多文化の島はそれだけで面白い。ミャンマー移民が多いのは、英領ビルマ時代に労働者としてやってきた子孫?それとも政治的自由を求めてアンダマン海を越えて亡命してきたため?
モスクもアチェ(スマトラ北部)モスク・インドモスク・パキスタンモスクなど色々あったが、ペナンが英領下で入植を奨励していた時期にはパキスタンは独立していなかったはずで、なぜそのようなアイデンティティが構築されているのか不思議。パキスタンがインドから分離した後の移民なら理解できるが、パキスタンからわざわざペナンに来た理由は何なのか。経済的成功を夢見て?
シーク教寺に行きそびれたのが残念。

バターワースまでフェリー(無料)、そこからタイ人の買出しツアーバスでハジャイへ。
続。

6 HatYai ハジャイ
ムスリム色は予想外に薄かった。町の中心部ではモスクも見ない。中国寺はあるのに。一見普通のタイの地方都市と変わらない感じ。

他:
・JL 
行き、ビジネスクラスにアップグレードしてくれた。ラッキー。AAのゴールド会員だから?
・ボディチェック
帰国時、成田税関でボディチェックされる。 確かに、週末旅行で、タイ・マレーシア国境往復は、何かの運び屋みたいに怪しいかも。
税関でボディチェックを受けたのは日本では始めて。世界でも、ベネズエラ(コロンビアから麻薬が運び込まれる地帯なので。全裸にされて)、UAE(職員に逆らったので)、アイスランド(手ぶらでいったので)くらい。

2009年5月31日日曜日

カメラ 試し撮り

旅先に一眼レフ二台は持って行きたくないので、試し撮りして選別することに。雨の日の屋外での使い勝手・発色・暗所耐性・ダイナミックレンジ等をチェック。

エントリーは以下の三台
1)パナLX3 24mm相当・F2
2)キヤノン5D2 16-35 F2.8
3)ソニー A700 75mm相当 F1.4
去年の後半から毎度この3台で迷っている。








Posted by Picasa



ちなみに上から5D・LX・LX・LX・A700
やっぱりLX3とA700かな?

2009年5月30日土曜日

タイ-マレーシア 週末旅行 準備編

3月の3連休に予定していたタイへの週末旅行が諸事情によりできなかったので、初夏に延期することにした。

1 ミャンマー国境越え 断念
タイ行きの目的は、タイ側国境の町Ranongからボートでミャンマーに行き、一泊して戻ってくるというもの。
国境マニアの私には興味深いところだし、Ranongには温泉もあるようで、週末のリフレッシュにはもってこいだ。
ところが、今月に入ってAirAsiaのHPを見たところ、3月には飛んでいたRanong行きの路線が廃止になっていることに気づいた。

(3月の時点でのWeb検索の結果)

Sun 08 Mar 2009 - Bangkok (BKK) to Ranong (UNN)

Depart

Arrive

Flight

Guest

Fare

Class

1515 (BKK)

1615 (UNN)

FD 3175

Adult

3,190.00 THB

Economy


この路線、実は、以前飛ばしていたプーケットエアが倒産して、その後はAirAsiaが引き継いでいたもの。冬場だけ運行する路線なのかもしれないが、きっと乗客が少なくなって廃止に追い込まれたのだろう。というのは、Ranongに来る観光客の多くは、タイの滞在期限が切れそうになった外国人が、日帰りでミャンマーに行き、再入国時に30日やら90日(国籍によって違った)のタイ入国許可を取得することを目的としていたのだ(タイの滞在延長目的)。

ところが、昨年だったか、タイ入国管理法改正により、陸路入国者の滞在期間は15日間になってしまったため、わざわざミャンマーに行って延長、というもの馬鹿らしくなったのであろう。格安航空券でカンボジアやラオスに出国してタイに空路再入国すれば、30日ー90日の入国許可を得られるわけだから。

いずれにしても、BKKから遠いUNNへの国内線が利用できないとなると、週末旅行で行くことはできない。今回はこのルートを断念することに。

2 タイ- マレーシア 国境越え
代わりに検討したのが、タイ-マレーシア国境。メジャーな国境と思われ、国境越え自体に魅力は少ないが、このあたりには、おもしろい町が結構集まっている。

・マレーシア半島東側 KotaBharuコタバル 確か、日本軍がこの地の英軍を攻撃したのは、(時差の関係で)、ハワイの真珠湾攻撃よりも早かったと記憶している。戦争博物館を見たい。また、マレーシアの中では観光客が少なそうなエリアなので、素朴なマレーシアが見れるかも。

・ペナン島 Penang 前から行きたかったが後回しになっていたところ。確か、ビンロウが地名の由来。ビンロウをかむ習慣は今でも一般的だろうか。華人が多いが、インド系・マレー系・白人なども多いそう。シンガポールが自由貿易港として開かれるまでは、交易の中心地であり、そのころを偲ばせる建物やたたずまいが残っているのではないかと期待している。

・ハジャイ Hat Yai タイ南部のムスリムの中心都市。ここ二三年テロのニュースをよく耳にしたが、今年に入ってから落ち着いているよう。

3 航空券
タイ・マレーシアどちらに入ってもいいが、タイから入ることにした。理由
1)BKK便の方がフレキシブル(BKK行きは金夜出発月朝帰国が可能だが、KUL行きは夜発がない)
2)BKK便の方が安い フラッグキャリアのほかJL・NH・NW・UA・SQなどが就航しており、競争が激しい
なかでもNW・UAは2万円台(サーチャージ・税除く)と格安だが、スケジュールが週末旅行向きではないのでJL/NH/TGのいずれかから選ぶことになる。
TGは国内線も追加できて便利だが、国内線をつけると約8万円。高すぎ。
JLは3.7万プラスチャージ7600円、代理店を通すとさらに4200円だが、WEBで正規割引を買えば4.5万だ。
NHはJLより3000円ほど高いが、便も多くて便利なので、こちらにするかも。

4 スワナンプーム空港 Suvarnabhumi
この前タイに行ったのはいつだろう。ドンムアン空港しか知らない私。スワナンプーム空港開港以来初めての渡泰なので、空港について調べる。高速鉄道開通は延期を重ね、今年の8月まで開通しない模様。http://en.wikipedia.org/wiki/Suvarnabhumi_Airport
町までタクシーで約350B。
現在のタイバーツレートは1B=2.8円 http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/detail/?code=thbjpy
1000円未満だからタクシー使おう
なお、マレーシアリンギは、1MR=27円。
http://quote.yahoo.co.jp/m5?a=1&s=MYR&t=JPY

5 プラン仮決定
金 夜 JL nrtBKK 
土 朝 bkkNAW Narathiwat FD3151 09101040 (マレーシア東国境に一番近いタイ側の町)
  昼 国境越え
  夕 コタバル→PENペナン KBRkulPEN 17001755AK6327 19352025AK 山脈を越えるので陸路は時間がかかる。国内線を利用。
日 朝 
  昼 国境越え
  晩 HDYハジャイ→BKK
  深夜 BKK→NRT
月 朝 NRT着 職場直行